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【関ジャム完全燃SHOW】実はあの曲が超大事だった 関ジャム流平成音楽史

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2019年4月21日放送のテレビ朝日系「関ジャム完全燃SHOW」は、新元号「令和」が発表され、平成も残りわずかとなったこの時期、平成時代31年間の様々なヒット曲の中から、プロがみて「超大事」な楽曲・平成の世に大きな影響を与えた楽曲を、3人の音楽のプロが解説する「実はあの曲が超大事だった 関ジャム流平成音楽史」という企画でした。

【楽曲を解説するゲスト】

ヒャダインさん(音楽プロデューサー)
スガ シカオさん(シンガーソングライター)
松尾潔さん(音楽プロデューサー)
 →CHEMISTRYや平井堅など多くのアーティストをプロデュース。

(※記事中のコメント等の文章は、「関ジャム完全燃SHOW」2019年4月21日放送分より引用させていただいております。)

プロが選んだ平成30年間で実は超大事な曲【平成前半】

番組では、平成の音楽史を振り返るとともに、プロの音楽家が選んだ平成に発表された楽曲の中で業界に影響を与えた重要な楽曲を、平成の前半と後半に分けて解説しました。

 

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松尾潔が選んだ平成30年間で実は超大事な曲

☆「アイドル×ヒップホップ」でミリオンヒット
「DA.YO.NE」/EAST END × YURI(平成6年・1994年)
(作詞:GAKU + MUMMY-D 作曲:YOGGY)

DA・YO・NE

DA・YO・NE

  • EAST END + YURI
  • ヒップホップ/ラップ
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

※YURIさん・・・アイドルグループ・東京パフォーマンスドールの市井由理さん

 

※平成初期は、ヒップホップがメジャーではなかった。

【松尾潔 コメント】
当時、ヒップホップはアイドルファンから一番遠い音楽で、ヒップホップとアイドルが棲み分けられていたが、アングラなヒップホップとメジャーなアイドル、この真逆の組み合わせが有りなんだ!!と初めて気付かされた曲。

【ヒャダイン コメント】
この曲の元ネタはジョージ・ベンソンだが、サンプリングという考え方を持ってきたのがスゴい!! 
これがなければ、KICK THE CAN CRREWなどもなかったのかなと思う。

 

【各地で別バージョンが作られる】 
「DA.YO.NE」のヒットを受けて、各地で別バージョンが作られた。

「SO.YA.NA」/WEST END×YURI from O.P.D.(平成7年)
→「DA.YO.NE」のヒットを受けて作られた「大阪バージョン」
WEST END:今田耕司、東野浩治 
YUKI:大阪パフォーマンスドールの武内由紀子

「SO.TA.I」/SOUTH END×YUKA(平成7年)(博多バージョン)
SOUTH END:鶴屋華丸(博多華丸)、おたこぷー 
YUKA:板谷由夏

 

・「DA.BE.SA」(札幌)
・「DA.CHA.NE」(仙台)
・「DA.GA.NE」(名古屋)
・「SO.YA.NA」(大阪)
・「HO.JA.NE」(広島)

→松尾さんによると、ヒップホップの世界では、一つおいしいネタができたら、それを皆の共有財産として、時にネタを弄び、時にバトルしながら、とにかく一つのネタを引っ張って、みんなで盛り上がっていこう、という文化(ゲーム?)があるとのこと。

 

【サンプリング】
また、ヒャダインさんによると、この曲から、サンプリング(という考え方)が取り入れられたとのこと。

サンプリング:過去の曲や音源の一部を引用し、再構築して新たな曲を制作する手法。

 

※前述の通り、「DA.YO.NE」の元ネタはジョージ・ベンソンの曲ですが、このサンプリングに関してウィキペディアの「DA.YO.NE」の記述によると↓↓

「DA.YO.NE」は、ジョージ・ベンソンの「Turn Your Love Around」を無断でサンプリングしたものだったが、当時来日していた作曲者のビル・チャンプリンが偶然これを耳にしてレコード会社に異議を申し立て、後日、使用料の支払いをチャンプリンにすることで和解が成立した。
DA.YO.NE - Wikipedia より引用)

ということがあったようです。

 

【女性アイドルがラップ】
さらに、この曲の登場で、ラップが日本独自の進化をした、とのこと。
これ以後、「ヒップホップ」と「ラップ」が離れることになり、その後、 安室奈美恵の「Chase the Chance」(平成7年)やSPEEDの「Body&Soul」(平成8年)のラップパートのような形のラップとして使われるようになった。
女性アイドルなどが、ヤンチャな一面を見せるツールとして、ラップがぴったりだったのではないか?と分析。

 

ヒャダインが選んだ平成30年間で実は超大事な曲

☆TKサウンドのカウンターで生まれた カラオケの幅を広げた曲
「これが私の生きる道」/PUFFY(平成8年・1996年)
(作詞・作曲:奥田民生)

【ヒャダイン コメント】
TKサウンドだらけだった時代に、TKサウンドの特徴「キーが高い」「速い」に相反して、「キーが高くない」「ゆるく、うまく歌おうとしていない」というのが新しかった。
それが、世の女性に「上手く歌わなくてもいいんだ」と思わせ、カラオケ文化の幅を広げたと思っている。

ヒャダインさんによると、平成はカラオケ文化が多様化した時代。
あえて、頑張って上手く歌おうとしないPUFFYの「脱力感」がカッコいいと思われたのではないか。
また、松尾さんによると、PUFFY人気は打ち込みの音への反動もあるのではないか、とのこと。

→この曲(PUFFY)の影響で、カラオケは上手に歌うだけでなく、ゆるく楽しむ場にもなったのでは、と分析。

 

スガシカオが選んだ平成30年間で実は超大事な曲

☆音楽活動を一時休止するほど、衝撃を受けた曲
「幸せであるように」/FLYING KIDS(平成2年)
(作詞:浜崎貴司 作曲:FLYING KIDS)

FLYING KIDSは、イカ天で有名になったバンド。

【三宅裕司にいかすバンド天国】(平成元年~平成2年)
通称:イカ天
バンドブームを支えた伝説の深夜番組。アマチュアバンドの勝ち抜きオーディション番組。
BEGIN・JITERI'N JIN・BLANKY JET CITY・人間椅子・大島渚など、数多くのバンドを輩出。

【スガシカオ コメント】
それまでの日本のFUNK(ファンク)は、なんか色物というか、どこかお笑いやエンタメの要素が強かった歴史がある中、FUNKと文学的な歌詞を融合させて「ワンフレーズ繰り返しの美学」と言われるFUNKをPOPミュージックにまで押し上げた。
これは衝撃的で、当時同じジャンルを目指す自分は全部やりたいことをやられたと思い、しばらく音楽をやめたほどだった。

※スガシカオさんのメジャーデビューは平成9年(1997年)。

ファンクミュージックの主な特徴として、「同じリズムの繰り返しと16ビートがベース」ということがあげられるが、スガさんによると、ファンクは一般的な人に聴かせると、退屈になりがちだが、「幸せであるように」は、文学的な歌詞で面白くさせることに成功した曲ではないか?と分析。

ちなみに、スガさんもイカ天に応募したが、最初のビデオ審査で落ちたとのこと。(当時の自分の歌詞がクソ過ぎたのが落ちた原因では、との自己分析)

 

松尾潔が選んだ平成30年間で実は超大事な曲

☆日本のR&B 最初の大ヒット曲
「Choo Choo TRAIN」/ZOO(平成3年・1991年)
(作詞:佐藤ありす 作曲:中西圭三)

【松尾潔 コメント】
今のR&Bは歌だけでなく、踊りがセットになっていることが多い。
その先駆けがこの曲になるのかなと思う。
EXILEの下地がこの曲にあったといえる。

 

【この曲が影響を与えたもの】

松尾さんによると、この曲(グループ)は「歌う人と踊る人の分業制」を明確にし、大人数ユニットの先駆けとなった。
少し、皮肉な言い方をすると、メンバーが多少変わってもわからない構造を作った、と分析。

 

3人のプロが選ぶ 平成音楽で超大事な曲

スタジオのゲスト以外にも、音楽のプロが平成で重要な楽曲を紹介しました。 

本間昭光(音楽プロデューサー)が選んだ平成音楽で超大事な曲

☆歌詞、歌い方、サウンド 全てが新しかった1曲
「罪と罰」/椎名林檎(平成12年・2000年)
(作詞・作曲:椎名林檎)

【本間昭光 コメント
禁じてとも言えるベースやドラムを極端に歪ませたサウンド。
巻き舌での歌い方、演歌を彷彿とさせる古い言葉選び、その全てがそれまでの音楽シーンのはなかったもの。
しかも、今聴いても全く古さを感じさせない。

【ポイント】
皆が一緒に歌えるような分かりやすいメロディーは、昭和の歌謡からの流れがある。それを踏まえつつ、全く新しいものにしているのが椎名林檎さん。それまで作られた90年代中頃のものから、ガラッとシーンが変わった一瞬だった。 

 

ピエール中野が選んだ平成音楽で超大事な曲

☆女性ユニットのあり方を変えた曲
「チョコレイト・ディスコ」/Purfume(平成19年・2007年)
(作詞・作曲:中田ヤスタカ)

ピエール中野さん・・・凛として時雨ドラマー

【ピエール中野 コメント】
女性グループといえば、「かわいい」や「きれい」など、ビジュアルを売りにするグループが多かった中、Perfumeは「楽曲のクオリティー」「パフォーマンス」共にレベルの高いものを打ち出し、「ストイックでカッコイイ」という新しい女性ユニットの形を生み出した。

【音楽業界に与えた影響】
一般的には難しいとされている音楽性を用いたアイドルグループが出てきたり、いろいろなアイドルグループが、パフォーマンスや楽曲のクオリティを上げていこうという流れになっていった。

 

冨田明宏(アニソン評論家)が選んだ平成音楽で超大事な曲

☆「残酷な天使のテーゼ」と並ぶアニソン大賞受賞曲
「Agapē」/ メロキュア(岡崎律子・日向めぐみ)(平成14年・2002年)
(作詞・作曲:岡崎律子)

Agape

Agape

  • メロキュア
  • アニメ
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

【冨田明宏 コメント】
この楽曲が使われた「円盤皇女ワるきゅーレ」は「エヴァンゲリオン」などの有名作品と違い、知る人ぞ知る作品で、しかも、挿入歌。
にも関わらず「残酷な天使のテーゼ」と並んで、平成アニソン大賞を受賞。

【アニソン界に与えた影響】
挿入歌なのにココまで本気の曲を作って、アニメ作品を楽曲で盛り上げることのレベルの底上げをしてくれた楽曲。多くのクリエイターが意識せざるをえなくなった。

 

プロが選んだ平成30年間で実は超大事な曲【平成後半】 

松尾潔が選んだ平成30年間で実は超大事な曲

☆音楽配信時代の到来を決定づけた曲
「My Gift to You」/CHEMISTRY(平成14年・2002年)
(作詞:OSANAI MAI and S.O.S. 作曲:S.O.S.)

【松尾潔 コメント】
携帯音楽サービス「着うた®」で最初に配信された曲。
現在では当たり前になった音楽を携帯電話で聴くという文化の先駆けとなった。
音楽のジャンルは変わってないつもりだったが、聴かせ方が変わってきたと感じた。

この曲が、世界初の着うた®ソング。しかし、再生時間は30秒。
当時は場を盛り上げるBGM的なもの。当時はまだガラケーなので、携帯電話は音楽プレーヤーという利用はされておらず、着うた®も、携帯電話ライフを盛り上げる、といったもの。
その後、「着うたフル®」(丸ごと1曲ダウンロードできるサービス)が出て、曲に合わせて、マスタリングして、携帯電話で聴きやすい音に調整するようなことにもなった。
→音楽の聴き方が大きく変化するキッカケを作った、との分析。

 

スガシカオが選んだ平成30年間で実は超大事な曲

☆人気バンドの初期のスタイルを決定付けた曲
「ドレスを脱げ」/ゲスの極み乙女。(平成25年・2013年)
(作詞・作曲:MC.K)

【スガシカオ コメント】
初期のゲスを決定付けた曲。
ソロも長いし、歌詞も「ラッタッタ」とか「ラララ」ばっかりだし、ほな・いこかが全面に出て、歌っている川谷くんの影が薄く、全体的に主役が曖昧なため、音楽そのものが自ずと主人公になっていく新しさ。

 

ヒャダインが選んだ平成30年間で実は超大事な曲

☆あのアーティストの源流?ボカロ初期に名曲
「メルト」/supercell feat.初音ミク(平成19年・2007年)
(作詞・作曲:ryo)

メルト

メルト

  • supercell
  • アニメ
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

【ヒャダイン コメント】
1番最初に売れたボカロ曲で、ニコ動(ニコニコ動画)で大ブームとなった。
この曲がなければ、今のボカロ出身アーティストも米津玄師もないのではないかと思う。

ハチ米津玄師
平成21年頃からニコニコ動画にボカロ曲を投稿し、人気ボカロPになった。
ヒャダインさんも、ニコ動出身。

ヒャダインさんによると、この頃からボカロPが激増し、ボカロ曲も増えた。そして、ボカロPが作った曲を歌い手が歌った。
→この曲のヒットで歌い手文化が誕生。「歌い手」が1つのジャンルになった。
→ニコ動やYouTubeが新人の発表できる場になったことにより、路上ライブやデモテープ以外のプロデビューの道が大きく広がった。

 

以上、番組の内容を引用させていただき、平成のポイントになる楽曲をみてきました。
昭和に生まれ、平成を過ごしてきた自分としては、目からウロコな点が多い内容でした。
特に、「イカ天」は当時よく観ていて、いろんな意味で思い出が深いところです。
来月からの「令和」の時代、音楽業界がどのように変化するか楽しみです。

 

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